10年前の自分と今の自分で、考えてることの違いは何かな?と我を振り返ってみると
「自分を信じられる人でありたいな」
ってのを、よく感じるようになった気がします。それは自分を過信するとか、ナルちゃんになるとか、そういう意味合いではなくて、自分がどんなに無能でも、自己嫌悪でくじけそうでも、最後にどうやって生きていったらいいか相談できる相手は「自分」なわけで。その「自分」の「判断」を、「信じてみてもいいかな」って思える自分でいたいなぁって思うんです
もしその「モノサシ」がしっかりしていなかったら、いつまで経っても、納得して前に進めないと思うんですよね。それって自分みたいな(真面目な?)タイプにとっては、ツライし自分がやんなるし、ストレスだと思う。困難があっても次に突き進んでいけるっていうのは、何にも代えがたい財産
誰しも自分の中に「超自我」という、自分の自我よりも優れた自我がいらっしゃる(笑)のだと、本で読んだことがあります。 「相談できる相手がいない!」という心細い状況でも、自分自身がソコソコ頼りになれば、乗り越えられるし、そうやって乗り越えていくうちに、手をのばせば誰か一人くらいは頼れる人がいるってことに気づいたりなんかして、それでいーや♪って思えるのかもなぁ…なんて。
また、そう思うようになると不思議と「他人も信じていたい」なんてコトも感じるようになったり。ただし、なんでもかんでもではなくて、その人を知り・長所を見極め「自信を持って他人に物事を任せられるような人でいたい」なぁと思います。自分はマイペースな上、ついワンマンになりがちなのですが、誰かをアテにして(無責任に人任せという意味ではなくて、信頼して頼るという意味で☆)、自分なんかより能力をもっている人の力を借りたり、貸したり、『適材適所』で喜びを分かち合えるような関係に憧れるというか…。人に必要とされるにはまず自分を磨くこと、という意味でも、自分を自分で信頼できる程度に好きでいたいってことを、よく思うのかもしれません。
他人にいいように使われただけ…?と思えるような場面では、ついつい自分がイヤになってしまいますが(了見せまいかな
誰でも、長所と短所を持ちながら「自分、小っさいなー